大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)162号 判決 1997年11月26日
原告
甲野花子
被告
大阪中央労働基準監督署長佐々木敏夫
右指定代理人
亀山泉
同
長田賢治
同
池内義明
同
佐藤清
同
赤澤忠政
同
大森康弘
同
大谷新
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、平成二年九月二一日付で原告に対してなした、労働者災害補償保険法による障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。
2 被告が、平成四年三月三〇日付で原告に対してなした、労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、訴外住友生命相互保険会社御堂筋営業支社(以下「訴外会社」という。)の大阪中央営業本部第一営業部横堀支部の保険外交員として勤務していた。
原告は、平成元年一月一八日午後八時一五分ころ、終業後の帰宅途上、京阪電鉄香里園駅から自転車で走行中、大阪市(ママ)寝屋川市<以下略>先路上において、訴外乙山一郎の運転する自転車に後方から追突されて路上に転倒し(以下「本件事故」という。)、頭部外傷Ⅰ型、頭部外傷後障害等の傷害を負った。
2 障害補償給付の支給に関する原処分(以下「第一処分」という。)
(一) 原告は、平成元年一月二一日より、右傷害につき継続的に通院治療し、平成二年七月一二日、頭部外傷後障害、椎間腔狭小化、頸骨腕症候群、涙液減少症、眼精疲労、両眼調節障害等の後遺障害を残して、症状が固定した。
(二) 原告は、被告に対し、平成二年八月二〇日、右後遺障害につき労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく障害補償給付の支給を申請したところ、被告は、同年九月二一日、同法施行規則一四条一項に定める別表第一の障害等級表の障害等級(以下「障害等級」という。)第一四級に該当するものと認定して、同等級に応じて障害補償給付を支給する旨の処分(第一処分)をした。
(三) 原告は、右処分を不服として、大阪労働者災害補償保険審査官に対し、右処分につき審査請求をしたが、平成四年一月二八日、右請求を棄却する旨の裁決を受けた。原告は、さらに右裁決を不服として、労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、平成八年九月一七日、これを棄却する旨の裁決がされ、平成八年九月二九日に原告に送達された。
3 第一処分の違法性
(一) 原告は、本件事故により、頸部捻挫、腰椎捻挫、椎間腔狭小化、頸椎の変形による頸骨腕症候群の後遺障害を負い、これらが原因となって、頸部痛、肩凝り、四肢のしびれ、過労時の腰痛や後屈時圧痛等の自覚症状が残った。
原告は、これらの諸症状の治療として、平成元年一月二一日から平成四年一二月三一日まで、三八三日間にわたって通院し、平成二年一月二一日から平成六年一〇月一八日まで、二九八日間にわたって鍼灸院に通院した。
(二) また、保険外交の業に従事している原告の給与は歩合給制で、保険契約の成約件数によって賃金額が定まるが、原告は、本件事故に起因する右後遺障害のうちの神経症状が原因となって、業務に集中することができなくなったので、保険外交業務に復帰してから営業成績が低迷し、原告の収入は、本件事故前の三分の一以下に減少した。
(三) 以上の原告の治療経緯や、労務への影響からすれば、原告の本件事故による後遺障害は、障害等級第七級の三「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当すると認めるのが相当であり、少なくとも同一二級の一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当する。
(四) したがって、第一処分は、違法である。
4 休業補償給付に関する原処分(以下「第二処分」という。)
(一) 原告は、本件事故による傷害のため就労不能になり、事故直後から平成二年三月三一日まで休職した後、同年四月一日に一度は復職したものの、労務に支障を来すようになったため、平成三年八月二九日から平成四年四月三〇日まで再度休職した。
(二) 原告は、平成二年七月一二日の症状固定後、本件事故による傷病により就労不可能となり、休職せざるを得なくなったとして、平成三年八月二九日から同年一〇月三一日までの休業期間につき同年一一月一一日に、同年一一月一日から同年同月三〇日までの休業期間につき平成四年一月六日に、平成三年一二月一日から同年同月三一日までの休職期間につき平成四年一月一三日に、それぞれ労災保険法に基づき、休業補償給付の申請をした。被告は、原告に対し、平成四年三月二七日をもって再発とは認められないとして不支給決定をし、同年三月三〇日付けで、同決定を通知した(第二処分)。
原告は、右処分を不服として、大阪労働者災害補償保険審査官に対し、右原処分の取消を求めて審査請求をしたが、平成五年六月八日、原告の請求を棄却する旨の裁決を受けた。
原告は、右裁決を不服として、労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、平成八年九月一七日、右請求を棄却する旨の裁決を受け、同年九月二九日に原告に送達された。
5 第二処分の違法性
(一) 原告が再度の休職を必要とした主な症状は、頸部痛、眼痛、四肢のしびれ等であり、これらが本件事故によって負った原傷病と相当因果関係にあることは明らかである。
(二) また、原告は、症状固定時(平成二年七月一二日)の症状に比し、症状が複雑化するとともに、個々の症状も強まった。原告の主治医が、過労時において増悪傾向にあると診断しているのは、原告の過労時が特に症状が顕著であるという意味であって、これは即ち、全体として平常時にも症状が増悪していることを示している。
(三) 原告の主治医は、現在通院加療にて症状軽減すると診断しており、原告自身も病院や鍼灸院への通院により症状が軽快するのを自覚していたのであるから、原告の症状は、治療効果が期待できるものである。
以上から、原告の再度の休職は、原傷病の再発に起因するものである。
(四) したがって、第二処分は違法である。
6 よって、原告は、被告に対し、第一処分及び第二処分の各取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
なお、原告が頭部外傷後傷(ママ)害との診断を受けたのは、平成元年三月一五日である。
2(一) 同2(一)のうち、原告が、平成元年一月二一日より、右傷害につき継続的に治療し、平成二年七月一二日に症状固定した点は認め、その余は争う。
(二) 同2(二)(三)は認める。
3(一) 同3(一)のうち、原告が本件事故で頸部捻挫、腰椎捻挫、椎間腔狭小化、頸椎の変形による頸骨腕症候群の後遺障害を負ったとの点は否認し、その余は不知。
(二) 同3(二)のうち、原告が二九八日間にわたって鍼灸院に通院したことは認め、その余は不知。
(三) 同3(三)(四)は争う。
4(一) 同4(一)のうち、原告が、本件事故直後から平成二年三月三一日まで休業したこと、平成三年八月二九日から平成四年四月三〇日まで休業したことは認め、その余は争う。
(二) 同4(二)は認める。
5(一) 同5(一)(二)は争う。
(二) 同5(三)のうち、原告自身が病院や鍼灸院への通院加療により症状が軽快するのを自覚していたとの点は不知、その余は争う。
(三) 同5(四)は争う。
三 被告の主張
1 障害補償給付及び障害給付の支給要件と根拠
(一) 労災保険法における障害補償給付及び障害給付(以下「障害補償」という。)は、労働者が業務上(又は通勤により)負傷し、又は疾病にかかり、これが治ったものの身体に障害が残存した場合に、その障害の程度に応じて給付することとされている。障害補償の対象となる障害の程度は、労災保険法施行規則一四条一項に定める別表第一の障害等級表の障害等級(以下「障害等級」という。)第一級から第一四級までに区分して定められている。
これら障害等級の認定に関する具体的な取扱いについては、昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号労働省労働基準局長通達「障害等級認定基準について」(以下「認定基準」という。)により行われているところである。右認定基準は、障害等級の認定における障害の程度の公正かつ適正な評価を実現するために定められたものである。
(二) 障害補償は、障害による労働能力の喪失に対する損失補填を目的とするものである。したがって、負傷又は疾病(以下「傷病」という。)が治ったときに残存する当該傷病と相当因果関係を有し、かつ、将来においても回復が困難と見込まれている精神的又は身体的な毀損状態(以下「障害」という。)であって、その対象となるか否かは単に本人の自訴のみではなく、その存在が医学的にも認められ、かつ、これによって労働能力の喪失を伴うものを障害補償の対象としているものである。なお、ここにいう「治ったとき」とは、傷病に対して行われる医学上一般的に承認された治療方法(以下「療養」という。)をもってしても、その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で、かつ、残存する症状が自然経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいう。したがって、障害程度の評価は、原則として療養効果が期待し得ない状態となり、症状が固定したときに行うこととなる。
(三) また、労働能力とは、一般的な平均的労働能力をいうのであって、被災労働者の年齢、職種、利き腕、知識、経験等の職業能力的諸条件については、障害の程度を決する要素とはなっていない。
(四) 障害等級の認定は、前記認定基準に基づいて行われており、これには、具体的な障害等級認定に当たっての基本的事項が定められている。障害等級表は、まず身体を解剖学的観点から部位に分け、次にそれぞれの部位における身体障害を機能の点においた生理学的観点から一種又は数種の障害群に分け、さらに、その労働能力喪失の程度に応じて、身体障害を第一級から第一四級までの一四段階に区分している。
2 第一処分の適法性
(一) 被告は、原告の障害を判定するに当たって、複数の医師の診断書及び障害等級調査書を基礎とし、原告の残存障害については、原告の体幹に外見上著変がなかったこと、原告の訴える種々の症状については、主治医の所見にやや神経症的な様相が強いとあり、大阪労働基準局地方労災委(ママ)員から外傷性神経症と考えられるとの意見が得られたこと等総合的に判断し、前記の認定基準に照らし、原告の残存障害は、外傷性神経症が残存するものとして、障害等級表に掲げる「局部に神経症状を残すもの」(第一四級の九)に該当するものと認定したものである。
(二) 原告に残存する障害は、本件事故による頭部外傷に起因するところの特記すべき他覚的所見はみられず、頭痛、眼痛、四肢のしびれ等の神経症状で、これを裏付ける他覚的所見に乏しく、複数の医師の所見よりすると、原告の残存障害は、外傷性神経症による症状と解するのが相当である。
3 再発の認定要件
(一) 労災保険法一三条で定められた療養補償給付が行われるのは、労働基準法七五条の事由が生じた場合、即ち、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合であるところ(労働基準法七五条一項、労災保険法一二条の八第二項)、これには、業務上負傷等が一旦治癒(この場合の治癒とは、原則として、医学上一般に承認された治療方法によっては傷病に対する療養の効果を期待し得ない状態となり、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときを意味すると解するのが相当である。)した後に、その症状が自然的経過により悪化した場合等、傷病の再発した場合も含むと解するのが相当である。
(二) そして、右再発による労災保険法上の療養補償給付を受けるためには、再発の取扱いが治癒によって一旦消滅した労災保険法上の療養補償給付義務を再び発生させるものであることや、前記治癒の意義及び労働基準法七五条の趣旨・文言に照らして、<1>現傷病と業務上の傷病である旧傷病との間に現傷病と旧傷病とが質的に同一の病態ないしは旧傷病が進展すると現傷病の症状が現れるという関係(相当因果関係)が存在し、<2>旧傷病の治癒時の症状に比し現傷病の症状が増悪し、<3>右増悪について治療効果が期待できるものであることの三要件が必要とされるものと解するのが相当である。
(三) また、右再発の要件<1>の存在については、労災保険法が労働者の業務上傷病につき「迅速かつ公正な保護」(同法一条)を目的としている点(通勤による負傷、疾病等についても同様)及び再発が業務上の傷病の連続であり、独立した別個の負傷又は疾病でないことに照らすと、旧傷病が現傷病の一原因になっており、かつ、それが医学上相当程度有力な原因であることが認められることが必要であると解されている。
4 第二処分の適法性
(一) 原告は、本件事故後、治療を重ね、平成二年七月一二日に症状固定した。右症状固定時の症状、即ち、旧傷病は、頭痛、眼痛、四肢のしびれ、歩行障害等で外傷性神経症であった。
(二) 原告は、右治癒後も療養を続けているが、原告の訴える症状は、多彩になっているものの、従前同様他覚的所見に乏しく、外傷性神経症による不定愁訴の継続であって、本件事故による症状の増悪として見るべき変化は認められず、治療内容についても、各症状の対症療法に止まるもので、原告の主観的な症状の変化は別として、治療による症状の改善は認められない。
(三) したがって、第二処分の請求に係る平成三年八月二九日以降、原告の頭痛、頸部の圧痛、四肢のしびれ感等の傷病、即ち症状は、症状固定後に残存していた症状よりも増悪したものと認めることができず、また治療効果も期待できない状態であったものと認められるので、旧傷病の再発には該当しない。
5 結論
以上のとおり、第一処分は、障害等級認定時において、原告からの訴えの内容及び複数の医師の意見等を検討して、労災保険法に基づき障害等級第一四級の九に該当する旨適法に認定し、同等級相当の障害補償給付の支給決定を行ったものであり、第二処分は、複数の医師の意見等を慎重に検討した結果、再発の認定要件に該当しない旨適法に認定し、不支給決定をしたものである。
したがって、被告のした第一、第二処分はいずれも適法である。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 認定される事実
当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件事故
(一) 原告は、訴外会社の大阪中央営業本部第一営業部横堀支部に所属する保険外交員であった。原告は、平成元年一月一八日午後八時一五分ころ、終業後帰宅途上、京阪電鉄香里園駅から自転車で走行していたところ、寝屋川市<以下略>先路上において、訴外乙山一郎運転の自転車に後方から追突され、路上に転倒した(本件事故)。
(二) 原告は、平成元年一月二一日、本件事故により、頭部外傷Ⅰ型と診断され、継続的に治療を受け、平成二年七月一二日に症状固定した。
2 第一、第二処分の存在
(一) 原告は、被告に対し、平成二年八月二〇日、右治癒後も障害が残存するとして、労災保険法に基づき、障害補償給付の申請をした。被告は、原告に対し、平成二年九月三日、原告に残存する障害は障害等級一四級の九に該当するものとして支給決定し、平成二年九月二一日、同等級に相当する障害補償給付の支給をした(第一処分)。
(二) 原告は、平成二年七月一二日の症状固定後、本件事故による傷病により就労不可能となり、休職せざるを得なくなったとして、平成三年八月二九日から同年一〇月三一日までの休業期間につき同年一一月一一日に、同年一一月一日から同年同月三〇日までの休業期間につき平成四年一月六日に、平成三年一二月一日から同年同月三一日までの休職期間につき平成四年一月一三日に、それぞれ労災保険法に基づき、休業補償給付の申請をした。被告は、原告に対し、平成四年三月二七日をもって再発とは認められないとして不支給決定をし、同年三月三〇日付けで、同決定を通知した(第二処分)。
(三) 原告は、大阪労働災(ママ)害補償審(ママ)査官に対し、第一処分につき審査請求をしたが、同審査官は、平成四年一月二八日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。原告は、同審査官に対し、第二処分につき審査請求をしたが、同審査官は、平成五年六月八日付けで、原告の審査請求を棄却する旨の裁決をした。
(四) 原告は、(三)の各裁決を不服として、労働保険審査会に対し、それぞれ再審査請求をしたが、同審査会は、平成八年九月一七日付けで、原告の再審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決は、平成八年九月二九日、原告に送達された。
3 治療の経緯
(一) 原告は、平成元年一月一八日の本件事故直後から右腕痛があったが、翌一九日より頭痛と右腕以外にも全身の痛み、目の痛みを感じたため、同月二一日、横山病院(現寝屋川ひかり病院)に受診したところ、同病院切東喜久夫医師(以下「切東医師」という。)に、頭部外傷Ⅰ型と診断された(<証拠略>)。原告は、同日以後も同病院に通院し、治療を受けたが、症状が軽快しないので、平成元年三月一五日、関西医科大学附属病院脳神経外科に受診したところ、同病院脳神経外科諏訪純医師(以下「諏訪医師」という。)に、頭部外傷後障害と診断され、その後も同病院に通院し、治療を受けた(<証拠略>)。原告は、平成元年一〇月三日から、関西医科大学附属病院眼科で受診を始め、同病院眼科山岸和矢医師(以下「山岸医師」という。)に、「両眼涙液減少症、両眼遠視性乱視、両眼角膜びらん、眼精疲労、両眼調節障害の疑い」と診断され、その後同病院で治療を受け、平成二年七月一二日、症状固定と診断された(<証拠略>)。
4 原告の右症状固定後の残存症状に関する各医師の診断結果、所見
(一) 頭部
諏訪医師は、平成二年四月一二日、原告の頭部について、頭部CT、脳派(ママ)等の検査では異常は認められず、「頭部CTでは外傷に起因すると思われる局所的あるいは広汎な脳挫傷の所見なし」と診断した(<証拠略>)。
(二) 目
(1) 山岸医師は、平成二年四月二六日、原告の目について「視力、眼圧等遠視性乱視以外の異常なかった」、原告が強く自覚する眼精疲労について「明らかな調節障害は認めなかった」、両眼涙液減少症、遠視性乱視、角膜びらんは「外傷とあまり因果関係なし」との所見を述べた(<証拠略>)。
同医師は、平成二年七月一二日、原告の目について、「初診時視力右一・〇、左〇・九」、「その後も視力の低下は認めていない」、「視野では軽度マリオネット暗点の拡大を認めるも強い視神経障害等は認めていないし(ママ)かし、眼精疲労を強く自覚し外傷による調節障害も考えられるも、老視があるため判然とせず」と診断した(<証拠略>)。
同医師は、平成二年一二月一日、原告の眼痛について「外傷による眼精疲労により…発生してもふしぎではなく…しかしその程度は軽く、今回の症例ほど強く訴えることは今までなかった。眼科的に今回の症例の外傷との因果関係を立証することはむつかし」いとの所見を述べた(<証拠略>)。
(2) 武田眼科武田幸信医師(以下「武田医師」という。)は、平成元年一一月一日、原告の目について、「軽度の遠視と軽度の充血を認めるのみである」との所見を述べた(<証拠略>)。
(3) 大阪労災病院眼科恵美和幸医師(以下「恵美医師」という。)は、平成三年六月七日、原告の目について、「『目の奥が痛い、目に力が無い。』との訴えはあるが、眼科的検査では特に異常を認めない。以前に認められた遠視の異常は検出されず、また、年齢が五三才であることから、調節障害に関しては受傷との関連を述べることは困難である。」との所見を述べた(<証拠略>)。
(4) 大阪大学医学部附属病院眼科湯浅武之助医師(以下「湯浅医師」という。)は、原告の目につき、「眼痛は『眼の奥の方の痛み』であり、異物感、乾燥感を伴わない。他覚的には軽度の涙液減少症の症状はあるが、これによる自覚症状はない。眼内には眼痛と関係のある異常所見はない。三叉神経痛はなく、眼痛と関係のある他覚的な眼所見は認められない。老視、屈折異常も主訴とは無関係と思われる。」と診断した(<証拠略>)。
(三) 四肢体幹等
(1) 諏訪医師は、平成二年四月一二日、原告の四肢体幹等について、「関節運動制限なし」、「神経学的には明らかな麻痺、感覚障害認めず」と診断した(<証拠略>)。
(2) 大阪労災病院精神神経科辻尾武彦医師(以下「辻尾医師」という。)は、平成三年九月二日、原告の四肢体幹等について、「神経学的には他覚的異常所見を認めず。」と診断した(<証拠略>)。
(四) 頸椎等
(1) 大阪労災病院脳神経外科狩野光将医師(以下「狩野医師」という。)は、平成三年五月一八日、原告の頸椎等について、「第五、六、七頚椎椎体棘化→頚椎症(私病)」、「四肢健反射正常、病的反射(一)、ロンベルグ徴候正常、片足立可能、足踏検査正常」との所見を述べた(<証拠略>)。
(2) 渡辺病院渡辺健夫医師(以下「渡辺医師」という。)は、平成四年八月二六日、原告の頸椎等について、「第五、六頚椎棘形成、椎体腔の狭小化あり。」、「腰椎全般に亘り軽度の骨梁減少あり。」と診断し、運動障害について、頚椎部は前屈五〇度、後屈五〇度、右屈三〇度(+)、左屈三〇度(+)、右周旋五五度、左周旋五五度、胸腰椎部は前屈二七度、後屈二〇度(+)、右屈二五度、左屈二五度、右周旋四〇度、左周旋四〇度と測定した(<証拠略>)。
なお、頸椎部の正常可動範囲は、前屈、右屈、左屈〇ないし五〇度、右周旋、左周旋〇ないし七〇度、胸腰椎部の正常可動範囲は、前屈〇ないし四五度、後屈〇ないし三〇度、右屈、左屈〇度ないし五〇度、右周旋、左周旋〇ないし四〇度である(<証拠略>)。
(五) 神経症等
(1) 諏訪医師は、平成二年四月一二日、原告の神経症等について、「精神神経的にはやや神経症的な様相強く、多愁訴である。」と診断し(<証拠略>)、平成二年四月二五日ころ、「外傷を契機として、不安感を中心として神経症的症状が出現したと考えられる」との所見を述べ(<証拠略>)、平成二年一二月一〇日、「症状が次第に安定してきたものと考え、…少しずつ復職の方向へ話をすると、当初社会復帰への意欲が認められ、労災打ち切りとなるも、その後、身体に対する不安強く、過換気症候群の出現、頭痛の増悪と神経症的症状が顕著となる」との所見を述べた(<証拠略>)。
(2) 渡辺医師は、平成四年二月一九日、原告の神経症等について、「本人愁訴は外傷による神経症的から来るものとも考えられる」との所見を述べた(<証拠略>)。
(3) 辻尾医師は、平成三年九月二日、原告の神経症等について、「外傷性神経症の疑いが濃い。」との所見を述べた(<証拠略>)。
(4) 山岸医師は、平成二年一二月一日、原告の神経症等について、「眼科よりは、神経内科や精神神経科、そして整形外科等による診断が必要であろうと思われる。」との所見を述べた(<証拠略>)。
(5) 大阪労働基準局地方労災医員尾藤昭二医師(以下「尾藤医師」という。)は、平成五年二月二〇日、原告の神経症等について、「頭部外傷後に長期にわたって不定愁訴が…頭痛、項部痛、手のしびれ、めまい、眼痛…などの症状が続くことは少なくない。…なかなかよくならず長期になり、年余に亘ってくると誰しも神経症様になってきて、症状を一層複雑にする」と鑑定した(<証拠略>)。
5 原告の平成三年八月二九日以降の症状に関する各医師の診断結果、所見
(一) 原告は、右症状固定(平成二年七月一二日)後の平成三年八月二九日から、平成四年八月一一日まで(診療実日数二〇九日)、渡辺病院に通院した(<証拠略>)。
(二) 渡辺医師は、原告について、平成四年八月二六日、「頭痛、頚部の圧痛、四肢のシビレ感、歩きにくい、つまづきやすい、重い、目の奥の疼痛、首と目の辺り熱が出る、ねむけ等多愁訴あり、本人リハビリ希望、経過観察、電気、マッサージ、けん引、内服薬等施行、症状軽減すれど多愁訴は消失せず…症状不変と思われる」、他覚的所見として「X―P第五~六頚椎の棘形成及び頚体腔の狭小化あり」、「後屈(+)、頚部腰部に圧痛、四肢シビレ感(+)、知覚(-)、反射(-)、精神不安感」、「頚椎の変形による頸骨腕症候群あり頚部痛圧痛、肩こり、シビレ感、腰椎全般に亘り軽度の骨梁減少あり、過労時腰痛あり後屈時圧痛」との所見を述べた(<証拠略>)。
(三) 尾藤医師は、原告について、平成五年二月二〇日、「最初に結論から述べると『再発』とは考えられない。いろいろ多彩な自覚症状が年余にわたって続いているのである。勿論、これらの症状は一進一退するものであって、時期により、日によって強くなったり、また、軽くなったりするものである。また、疲れるとひどくなり、休んだり加療を受けると軽くなったりするが、これらの症状がなくなるということは容易ではない。平成二年の症状固定の診断がなされた当時と、平成三、四年ころ、さらに加療を受けていた当時の自覚症状とを、とりまとめて比べてみるとよく分かるように本質的には何らの違いをも見いだすことは出来ない。平成元年一月一八日の頭部外傷が原因と考えられるような新しい症状は何も出現していない。また、他覚所見、神経学的所見はもともと乏しく、平成三、四年ころにも神経学的な異常所見を認めていない。検査所見についても同様に、新しい異常を何ら認めていない。以上から、平成二年四月ないし七月に症状固定と診断されているが、それ以後に継続している症状(現症)は『再発』とは考えられない。…現症の原因は、平成元年一月一八日の頭部外傷である。症状固定は決して症状の消失ではない。症状固定時のいろいろ多彩な症状がその後も継続しているだけである。」、「頭部外傷後に長期にわたって不定愁訴が…頭痛、頚部痛、手のしびれ、めまい、眼痛、肩こり、視障害、などの症状が続くことは少なくない。そして他覚的所見及び検査所見に異常が極めて乏しい。こうした傷病を、狭義の頭部外傷後遺症とか、外傷性頚部症候群などといわれている。案外、頭部外傷Ⅰ型のような軽い外傷にみられることが少なくない。なかなかよくならず長期になり、年余にわたってくると誰しも神経症様になってきて、症状を一層複雑にし、かつ社会復帰を困難にしてゆく。だからその経過途上のある時期に『症状固定』と診断してもそれらの症状は続くものであって、したがってそれを『再発』であるということはできない。」との鑑定をした(<証拠略>)。
二 認定基準
1 障害等級
(一) 労災保険法における障害補償給付及び障害給付(障害補償)は、労働者が業務上(又は通勤により)負傷し、又は疾病にかかり、これが治ったものの身体に障害が残存した場合に、その障害の程度に応じて給付することと規定されている。障害補償の対象となる障害の程度は、労災保険法施行規則一四条一項に定める別表第一の障害等級表の障害等級第一級から第一四級までに区分して定められている(障害等級)。
(二) これら障害等級の認定に関する具体的な取扱いについては、昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号労働省労働基準局長通達「障害等級認定基準について」(認定基準)により行われているが、右認定基準は、障害等級の認定における障害の程度の公正かつ適正な評価を実現するために定められたものであり、その内容は適正であるというべきである。
(三) 障害補償は、障害による労働能力の喪失に対する損失補填を目的とするものである。したがって、負傷又は疾病(傷病)が治ったときに残存する当該傷病と相当因果関係を有し、かつ、将来においても回復が困難と見込まれている精神的又は身体的な毀損状態(障害)であって、その対象となるか否かは単に本人の自訴のみではなく、その存在が医学的にも認められ、かつ、これによって労働能力の喪失を伴うものを障害補償の対象としているものである。
(四) 原告が主張する障害等級第七級の三「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」とは、認定基準において、「中程度の神経系統の機能又は精神の障害のために、精神身体的な労働能力が一般平均人以下に明らかに低下している」場合をいうこと、そして「労働能力が一般人以下に明らかに低下している」とは独力では一般平均人の二分の一の程度に労働能力が低下していると認められる場合をいい、労働能力の判定に当たっては、医学的他覚的所見を基礎とし、さらに労務遂行の持続力についても十分に配慮して総合的に判断をするべきであることが規定されている。
(五) 同じく、原告が主張する障害等級第一二級の一二「局部にがん固な神経症状を残すもの」とは、右認定基準において、「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」であると規定されている。
(六) なお、右認定基準には、障害等級第一四級は、同第一二級より軽度なものであること、外傷性神経症(外傷又は精神的外傷ともいうべき災害に起因するいわゆる心因反応であって、精神医学的治療をもってしても治癒しなかったもの)については、第一四級の九に認定するべきことが規定されている。
2 再発の認定要件
(一) 労災保険法一三条で定められた療養補償給付が行われるのは、労働基準法七五条の事由が生じた場合、即ち、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合であるところ(労働基準法七五条一項、労災保険法一二条の八第二項)、これには、業務上負傷等が一旦治癒(この場合の治癒とは、原則として、医学上一般に承認された治療方法によっては傷病に対する療養の効果を期待し得ない状態となり、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときを意味すると解するのが相当である。)した後に、その症状が自然的経過により悪化した場合等、傷病の再発した場合も含むと解される。
(二) そして、右再発による労災保険法上の療養補償給付を受けるためには、再発の取扱いが治癒によって一旦消滅した労災保険法上の療養補償給付義務を再び発生させるものであることや、前記治癒の意義及び労働基準法七五条の趣旨・文言に照らして、<1>現傷病と業務上の傷病である旧傷病との間に現傷病と旧傷病とが質的に同一の病態ないしは旧傷病が進展すると現傷病の症状が現れるという関係(相当因果関係)が存在し、<2>旧傷病の治癒時の症状に比し現傷病の症状が増悪し、<3>右増悪について治療効果が期待できるものであることの三要件が必要と解すべきである。
(三) また、右再発の要件<1>の存在については、労災保険法が労働者の業務上傷病につき「迅速かつ公正な保護」(同法一条)を目的としている点(通勤による負傷、疾病等についても同様)及び再発が業務上の傷病の連続であり、独立した別個の負傷又は疾病でないことに照らすと、旧傷病が現傷病の一原因になっており、かつ、それが医学上相当程度有力な原因であることが認められることが必要であると解される。
三 第一処分の適法性
(一) 前記一1認定のとおり、原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅰ型の傷害を受傷したものであるが、前記一4認定のとおり、症状固定時である平成二年七月一二日以降、原告は、頭痛、眼痛、四肢のしびれ等の神経症状を強く訴えるものの、右愁訴の裏付けとなる他覚的所見は認められず、右愁訴は、外傷を契機とした、外傷性神経症によるものと認められる。
(二) 前記二1のとおり、外傷性神経症は、障害等級第一四級の九に認定されるべきものであるから、原告の残存障害について障害等級第一四級の九に該当すると認定した第一処分は適法である。
四 第二処分の適法性
(一) 原告は、本件事故による傷害が平成二年七月一二日に症状固定した後も療養を続けているが、前記一5のとおり、多愁訴は消失せず、多彩な自覚症状が継続しているが、依然として他覚的所見に乏しく、病状は不変で、症状固定時の多彩な症状がその後も継続しているにすぎず、本件事故による症状の増悪として見るべき変化はない。原告の、右症状固定後の治療内容についても、マッサージ施行、内服薬投与等の各症状の対症療法にとどまるもので、原告の主観的な自覚症状の変化は別として、治療による症状の改善は認められない。
(二) 以上より、原告の、第二処分に係る平成三年八月二九日以降の症状、即ち、頭痛、頚部の圧痛、四肢のしびれ感等の症状は、右症状固定後に残存していた症状よりも増悪したものと認めることはできず、また、治療効果も期待できない状態であったものと認められる。したがって、第二処分に係る原告の症状は、再発認定の要件には該当しないというべきであるから、被告が、原告の休業補償給付申請に対し、不支給とした第二処分は適法である。
三(ママ) 結語
以上によれば、被告のした第一、第二処分はいずれも適法であって、取り消すべき違法はないので、これらが違法であるとして取消しを求めた原告の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)